聖典の成立には創唱者の没後

その教説が異なっていろいろに伝えられて、教団が分裂の危機に直面する状態があずかり、創唱者の教説を統一して、教団の統合を図る目的がみいだされる。

仏教の「経」すなわち「スートラ」が物差しに使う紐、キリスト教の「正典」すなわち「カノン」が同じく物差しを意味することばから出ていることからわかるように、聖典は、しばしば、他の文書とは異なり、規準となる聖なる「正典」とされる。

イスラム科学は中世アラビア語文化圏の科学をいい

アラビア科学ともよぶ。アラビア語文化圏は、同時にイスラム文化圏であったから、いずれの呼び方をしてもよいが、「イスラーム」というアラビア語は「神の意志に従う」という宗教的意味の語であり、イスラム文化圏の哲学や法学などは回教の聖典であるコーランの教えから一歩も離れることができないところからすれば、人文科学や社会科学などをも含めた広い意味の科学を考えるときはイスラム科学というのが適当であろう。

宗教と直接関係のない狭い意味の科学、つまり自然科学を主たる対象とするときはアラビア科学というのが適当である。

ラテン語を学問用語とするヨーロッパのキリスト教文明はローマ帝国の分裂、さらに西ローマ帝国の滅亡ののち急速に後退し、ビザンティウムを都とする東ローマ帝国がわずかにギリシアやローマの文化をその滅亡に至るまで細々と伝えたにすぎない。

一方、7世紀にアラビア半島の一角におこったムハンマドに率いられる政教一致の新体制は、ムハンマドの死後もカリフたちによって引き継がれて、まずイラク、イラン、シリア、さらに8世紀にはスペインにまでその勢力圏を広げた。

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